書籍詳細
略奪溺愛~敏腕御曹司は箱入り娘を一夜に奪いたい~
あらすじ
「絶対に俺を選ばせる」一夜をともにしたのは、お見合い相手の弟!?
箱入り娘の朱音に突然舞い込んだお見合い話。父の会社のためと決意するが、結婚前に一度だけでも好きなことをやりたいと、一人夜の街へ。そこで危ないところを助けてくれた秋哉に強烈に惹かれ、一夜をともにしてしまう。連絡先もかわさず別れた二人は、見合いの席でまさかの再会。彼は見合い相手の弟だった。秋哉は、自分を選べと熱く迫ってきて…!?
キャラクター紹介
三上朱音(みかみあかね)
一見、箱入りのお嬢さま。しかし自分の意思を曲げない意地っ張りなところがある。
藤崎秋哉(ふじさきしゅうや)
ぶっきらぼうだが面倒見がよく、一度惚れると情熱的。朱音の見合い相手の弟。
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あのときの自分の冷酷さを思い返し、秋哉は口を開く。
「初めて会った日、俺はあんたを『放っておけない』と思った。いかにも世間知らずな雰囲気が危なっかしくて、しかも既に酒に酔ってたから。ついお節介を焼いてクラブ以外の店にもつきあったけど、酔ってニコニコしてる様子を、いつしか可愛いと思ってた」
「…………」
「ホテルに連れ込んだときもそうだ。俺なりに精一杯優しくしたつもりだし、『また会いたい』という気持ちを込めて名刺を置いていったのに、あんたからは連絡がこなかった。そういう下地があったからこそ、見合いの席で再会したとき『俺との一夜は完全に遊びで、本命は兄さんのほうか』って思ったんだ。身を引くように強要したのは、半ば意趣返しの意味合いもあったかもしれない」
すると朱音が驚いた顔をし、「……あの」と問いかけてきた。
「名刺って、一体何のことですか? わたしが翌朝目覚めたとき、部屋には何もなかったんですけど」
「あっただろ、枕元に。俺の名前と社名、携帯電話の番号が書かれたやつが」
「いえ、全然気がつきませんでした。目が覚めたら秋哉さんがいなくて、わたしが知っているのはあなたの下の名前だけだったので、『やっぱりこれっきりなんだ。でも昨夜のことは、一生忘れないでおこう』って思って……それで」
秋哉は目まぐるしく考える。
彼女は「なかった」と言うが、自分は確かに枕元に名刺を置いた。だとすれば一体、どういうことなのか。
「……もしかして、床に落ちたのか? あんたが寝返りを打ったときに」
秋哉のポツリとした言葉を聞いた朱音が、視線を泳がせる。そして狼狽して言った。
「そ、そうかもしれません。目が覚めたときも、大きく寝返りを打った記憶がありますし。そのときに落ちたのかも」
じわじわと状況がのみ込めてきて、秋哉は頭の中を整理する。
もし彼女が名刺の存在を知らなかったのなら、こちらに連絡ができなくて当たり前だ。ならば「あえてこちらを切り捨てて、孝弘との見合いに臨んだ」という解釈が覆ることになり、朱音には何の落ち度もなかったのがわかる。
秋哉は椅子の背もたれに体重をかけてつぶやいた。
「なるほどな。俺はあんたのことを、とことん誤解していたらしい。勝手に期待して裏切られた気持ちになって、兄さんとの見合いを壊すための大義名分を探していたんだ。浅はかにも程がある」
「……あの」
「三上メンテナンスに出向してきた日に、ちゃんと話を聞くべきだった。それなのに一方的に話してそっちの意見は聞かず、嫌味まで言うなんて」
視線を上げると、向かいに座る彼女と正面から目が合う。
秋哉は改めて謝罪した。
「本当に申し訳ない。俺が勘違いしてあんたを傷つけたんだから、どんな償いでもする。どうしてほしいか言ってくれ」
言いながら秋哉は、ふと自分にはもう朱音と孝弘の見合いを反対する権利がないことに気づいた。
彼女は社長令嬢という身分を鼻にかけずに働くほど真面目な性格で、兄の縁談相手にふさわしく清純な女性だ。これまでの自分の仕打ちを思えば快く応援するべきだと思うのに、なぜか心がチリチリする。
(そうだ。彼女は何度も「家と会社のために、藤崎家との縁談を断るわけにはいかない」って言っていた。だったら俺が二人の仲を後押しすることが、今できる最善の手なのかもしれない)
だがどうしても、それを口にできない。その理由を考え、秋哉はぐっと奥歯を噛む。
何てことはない、自分の中に〝嫉妬〟の感情があるからだ。朱音を女性として好ましく思い、兄には渡したくないという気持ちが、強くある。
(でも、ここまで冷たくして彼女を傷つけた俺がそんな気持ちを抱くのは、おこがましいことじゃないか? そもそも嫌われてるかもしれないし)
グルグルと考え込む秋哉を見つめ、彼女が遠慮がちに口を開く。
「秋哉さんがわかってくださって、ホッとしています。誤解されたままでいるのは……とてもつらいですから」
「…………」
「名刺は、きっとわたしが気づかないうちに床に落ちていたのだと思います。本当にすみませんでした」
それを聞いた秋哉は、思わず朱音に問いかけた。
「なあ、もしあのとき名刺を見つけてたら、俺に連絡したか?」
「えっ?」
彼女はしばらく逡巡し、小さく頷く。そして「でも」と付け加えた。
「そういう気持ちがあっても、現実には無理だったかもしれません。当時のわたしは孝弘さんとのお見合いを控えている身で、両親は朝帰りをひどく怒っていました。『友達の家に泊めてもらった』っていう言い訳をどうにか信じてもらえましたけど、あれから監視がきつくなって、外出もままならなくなったので」
こちらに連絡する気があった――そんな朱音の返答を聞いた秋哉は、一筋の光明を見出す。
テーブルにわずかに身を乗り出し、彼女の顔を見つめて言った。
「あんたが兄さんとの結婚にこだわるのは、あくまでも家と会社のためか? それとももう、惚れてるとか」
「そ、そんなことはありません。孝弘さんは優しい人ですし、いい方だと思うんですけど……恋愛感情は、まだ」
それを聞いた秋哉は、心を決める。
三上家があくまでも〝藤崎家との縁談〟にこだわっているなら、相手は兄ではなく自分でもいいはずだ。父と当事者である兄を説得できさえすれば、朱音の縁談相手に成り代わるのは不可能ではない。
秋哉は朱音に向かって告げた。
「俺の言動については真摯に謝罪するし、許してもらえるまでどんな償いでもする。でも兄さんとの縁談については、やっぱり反対だ」
こちらの言葉が意外だったのか、朱音が戸惑ったように瞳を揺らす。
「あの、それはどうして……」
彼女の疑問に対し、秋哉は不敵に微笑んで答えた。
「――俺があんたを落としたい」
* * *
午後六時半のカフェの店内は、読書をする人や談笑する友人同士などで混み合っている。
そんな中、奥の柱の陰にある席で秋哉と向かい合っていた朱音は、彼の顔を呆然と見つめた。
(えっ? 秋哉さんがわたしを落としたいって……えっ?)
秋哉が何を言っているかわからず、朱音の頭の中は疑問符だらけだ。
思えば今日は受付にやって来た下請け会社の男に絡まれたり、それを秋哉が助けてくれたりと、波乱続きだった。
帰りがけに出会った彼は、相手とどういう話になったかを朱音に説明してくれた。そして「このあと時間はあるか」と言い、このカフェで待つように指示してきたが、その時点で朱音の胸はドキドキしていた。
(秋哉さん、わざわざわたしと待ち合わせするなんて、一体どういうつもりなんだろう。さっきの説明で、ほとんど話は済んだと思うんだけど……)
しかも彼は「俺はあんたのことをだいぶ誤解していたようだ」「先入観が少しずつ覆されて、正直困惑してる」と語っていて、これまでとは少し違う雰囲気だった。
かくして十数分後に現れた秋哉は、これまでの自身の態度について謝罪し、三上メンテナンスに出向してきてから朱音を見直したのだと語った。
話し合いの過程で、実は彼がホテルに名刺を残していったことも判明し、朱音は胸が高鳴った。極めつきが、「俺があんたを落としたい」という発言だ。てっきり孝弘との縁談を応援してもらえると思っていた朱音は、静かに混乱した。
そんな様子を眺め、秋哉が言った。
「驚いた顔をしてるな。俺の発言は、そんなに意外か?」
「だって……秋哉さんは、孝弘さんの弟ですし」
「言っただろ、あの日あんたのことを可愛いと思ってたって。酔って陽気になってるのが微笑ましかったし、世間知らずなのも庇護欲をそそった。どこに行っても、何を食べても楽しそうにしていて、だからこそ離れがたい気持ちになってホテルに行ったんだ。ラブホじゃなく一流のホテルを選んだのは、俺なりの誠意だった」
朱音の心臓が、ドクドクと脈打つ。彼が言葉を続けた。
「ベッドの中でも初心な様子が可愛くて、『また会いたい』って思った気持ちは嘘じゃない。兄さんの見合い相手なのは心底驚いたし、本来なら応援するところなんだろうけど、あんたはあくまでも家と会社のためで恋愛感情はないと言った。だったらもう、遠慮はしない」
立て板に水のごとく話す秋哉は、一旦言葉を区切って言った。
「俺はあんたを、兄さんには渡したくない。でもこの半月の態度で心証はマイナスだろうから、好きになってもらえるように誠意を尽くす」
「ちょ、ちょっと待ってください」
朱音は慌てて彼を制止し、しどろもどろに言った。
「そんなの、道理に反します。わたしと孝弘さんはお互いの家族を交えて顔わせをして、近々結納する予定です。秋哉さんが横入りしようとしても、周りがきっと許しません」
「父さんと兄さんは、俺が説得する。あんたのことがどうしても欲しいから譲ってくれってな。了承を得られたら、三上家に対してもきっちり筋を通すよ。その際に必要なら、何度だって頭を下げる」
あまりに意外な話の流れで、朱音は混乱していた。
秋哉にこう言われて、うれしくないわけがない。あの一夜で自分は確かに彼に恋をし、結果として抱き合ったことは忘れがたい思い出になっていた。
(でも……)
たとえ秋哉に対して恋愛感情を抱いていても、すぐに鞍替えするのは違う。
朱音は目を伏せ、言葉を選びながら言った。
「秋哉さんにそんなふうに言ってもらえるとは思わなかったので――すぐには答えを出せません。それに孝弘さんとの縁談は、両家の合意のもとになされたものです。それを反故にすれば、藤崎夫妻はきっと気分を害されると思います」
「…………」
「何より孝弘さんは、わたしを大切にしてくれています。これまで二度食事をしましたけど、とても穏やかで紳士的な方で。そんな人を失望させることは……すぐに決断はできません」
「――兄さんはあんたに、手を出したか?」
ふいにそんな質問をされ、朱音の頬にじわりと朱が差す。
アイスティーのグラスを見つめ、朱音はムッとして答えた。
「いいえ。でも、『朱音さんと一緒にいると、気詰まりせずに自然体でいられる』『こういう時間を積み重ね、いずれ結婚という形に結びつけることができたら』って言ってくれました」
ドキドキ感やときめきこそなかったものの、孝弘と過ごす時間は穏やかで、「この人となら、きっと平穏な家庭を築ける」と感じた。
朱音がそう答えると、秋哉が「なるほどな」とつぶやいた。
「あんたの言うことにも、一理ある。確かに親同士がセッティングした見合いなんだから、気持ち的にあっさり鞍替えするのは難しいだろう」
冷静な答えを聞いた途端、朱音は「もしかして、彼はこのまま身を引くつもりだろうか」という焦燥にかられる。
(わたしは……秋哉さんが好き。でも、本来のお見合い相手である孝弘さんを裏切ることはできない)
それなのに秋哉が引くそぶりをすると、なりふり構わず追い縋りたい気持ちがこみ上げ、苦しくなる。
すると朱音の顔を見た彼が、ふと眦を緩める。そして腕を伸ばし、こちらの頭をポンと叩いて言った。
「そんな顔をするな。あんたの葛藤はわかるし、そういう性格だからこそ惹かれた部分もある。だから少し猶予をくれないか」
「猶予?」
「ああ。今までひどい態度を取ったことに対する詫びを、きちんとしたい。それから今後について前向きに考えるために、俺と過ごす時間を作ってほしい」
朱音は驚き、思わず口をつぐむ。
一緒に過ごす時間を作る――とは、現在孝弘と会っているように、秋哉とも会えということだろうか。
(待って。それこそが道理に反してない? だって孝弘さんに正式にお断りしていないのに、そんな)
そう考えた朱音は、頑なな表情で言った。
「困ります。孝弘さんとの関係を解消しないまま、秋哉さんと会うなんて」
「会う名目は、あくまでも〝詫び〟だ。そうやって何度も会うあいだ、あんたは俺がどういう人間か知ってくれればいい」
「何度もって、一回じゃないんですか?」
「そりゃ、盛大な勘違いをして一方的にあんたを責めたんだ。一度飯を奢るくらいじゃ足りないだろ」
気づけば秋哉はどこか面白がるような表情をしており、朱音は「もしかして、からかわれているのか」と考える。
ムッとして問い質そうとした瞬間、それに被せるように彼が言った。
「じゃあ、決まりな。誘うときにいちいち受付に行くのも大変だから、アドレスの交換をしよう」
「待ってください、そんな一方的に。わたしは……っ」
勝手に話を進められ、朱音は焦って抗議しようとする。秋哉が眼鏡越しに笑ってこちらを見た。
「絶対に俺のほうを選ばせてやるから、楽しみにしてろよ。――朱音」