書籍詳細
エリート弁護士に蜜月同棲で愛し尽くされています
あらすじ
溺れるほどの独占欲が全開に!?憧れの彼と焦れ甘同居生活♥
初恋相手のエリート弁護士・慶介に退職トラブルを解決してもらった茉友。しかし社宅を出ないといけない茉友を心配した慶介から、庇護欲全開で同居を提案されて!?半ば強引にふたり暮らしがスタート。「ずっと腕の中に閉じ込めていたい」――当時憧れていた彼への恋心を抑えようとする茉友だったけれど、ある夜をきっかけに彼の思わぬ独占欲を知り…!?
キャラクター紹介

一橋茉友(いちはしまゆ)
ブライダル企業勤務。職場環境の相談で『相川法律事務所』を訪れる。穏やかで争いを避ける性格。

高坂慶介(こうさかけいすけ)
大手法律事務所である『相川法律事務所』で弁護士として働いている。茉友の兄の親友。
試し読み
「おはよう」
慶介は茉友を愛おしげに見下ろして言う。
「おはようございます」
彼は今日も素敵で、そんな相手にじっと見つめられると照れてしまう。
特に慶介の醸し出す雰囲気が、今までとはまるで違っている気がするから余計にだ。
昨夜も感じたけれど、彼のパーソナルエリアに入る許可を与えられたような気がして、ああ、本当に彼と恋人になったのだと実感する。
彼への愛おしさと憧れの気持ちでいっぱいになりつい見惚れていると、慶介が照れたように笑った。
(慶介君の表情が柔らかくなったみたい、嬉しいな……)
気持ちが溢れて彼に触れたくなる。
(手を繫ぎたい。でも朝からそんなこと言ったら驚かれるよね)
葛藤と戦っていると、慶介の声が耳に届いた。
「時間は大丈夫?」
「……え?」
首を傾げると、慶介の顔に戸惑いが浮かぶ。
「そろそろ七時だけど、今日は休みじゃないだろ?」
その瞬間、茉友ははっとして目を見開いた。
(そうだ! 今日は平日じゃない)
自分でもなぜか分からないけれど、休日気分になりのんびりしていた。
「休みじゃないです。急がなくちゃ」
慶介がいくら素敵だからといって、ぼうっと見惚れている場合じゃなかった。
大急ぎで顔を洗い、メイクをする。それからブラウスとスカートを適当に選びベージュのカーディガンを手に持った。セミロングの髪は手早く纏める。
そこまでして時計を見ると、四十分が経過していた。
(今日は朝ごはん食べる暇はないな)
茉友は基本的に、朝昼晩しっかり食べるようにしている。
食事は大事だと子供の頃から母に言われて育った習慣で、食べないと仕事中にお腹が鳴ってしまいそうだが、遅刻する訳にはいかないから仕方がない。
持ち物の最終チェックをしてから、腕時計をし、シンプルなネックレスとピアスをして出勤準備の仕上げをする。
全て完了してリビングに行くと、スーツに着替えた慶介が居た。
「慶介君、もう家を出ますか? 今日は直出?」
クライアント先へ直行だとしても、駅までは同じ道のりだ。
これまでは当たり前のように別々に出ていたけれど、これからは時間が合えば一緒に通勤したい。
(付き合ってるんだし、それくらい言ってもいいよね?)
慶介はスマートフォンを仕舞い立ち上がった。
「ああ。直出で車で行く」
「車……そうですか」
それなら一緒に通勤は無理だ。
少しがっかりしていると、慶介が茉友のすぐ目の前までやって来て、とても柔らかな目で茉友を見下ろした。
「オフィスまで送るよ。途中で軽く食事をしよう」
「え、いいんですか?」
(嬉しい!)
ぴょんぴょんと小さく跳ねそうな程喜ぶ茉友に、慶介も顔を綻ばせる。
「当然だろ、行こう」
背中に手を添えられ玄関に移動を促される。
さりげなく触れられた大きな手。
些細なことだけれど、慶介の行動はやはり昨日までとは違っている。
(私たち、本当に付き合ってるんだ!)
茉友は、嬉しくて舞い上がる気持ちを抑えられなかった。
これからはいつも慶介と一緒に居る事が出来る。
休みの日はデートをしたいな。
この前は茉友の趣味の城見学をしたけれど、次は慶介の行きたいところにしよう。
そんな風に期待に胸を膨らませていた茉友だったが、現実は厳しかった。
本格的な寒さが町を襲い始めた十二月半ば。
吹き付ける風が冷たくて、茉友はコートの前を閉じながらマンションまでの道をひとりで歩いていた。
手にしたエコバッグには、行きつけのスーパーで買った食材が入っている。
帰ったらすぐに、チキンのトマト煮込みをつくる予定だ。
慶介の帰りは遅いから、特に急がなくていい。
日中は自分なりに全力で仕事をしているから身体は疲れているけれど、ふたりで過ごす夕食からその後のまったりした時間は大好きだ。
だから少しでも寛げるように、頑張って準備をする。
(慶介君と一緒にいられる貴重な時間だもの)
張り切って様々なデートプランを妄想していた茉友だが、その計画が実行されたことは一度もない。
あの後すぐに慶介の仕事が立て込み始めて、週末もまともに休めなくなってしまったからだ。
がっかりしているし、寂しいけれど、彼がどうして仕事を必死に頑張るのか理由を知っているので、我儘は言えない。
せめて、家で過ごすときの時間を寛げるものにしよう。
(今は大変だけどいつかは夢が叶うはず)
慶介だって一年中忙しい訳じゃない。実際上田城に行ったときはスケジュールを調整出来た訳だし、今だけの我慢だ。
そう自分に言い聞かせて、なんとか寂しさに耐えている。
午後八時三十分。簡単に部屋を片付けてから、チキンのトマト煮込み、オニオンスープ、ケールのサラダを作り終えた頃に慶介が帰宅した。
今日はわりと早い帰りだ。
彼が二階の自室で着替えなどをしている間に、料理を温める。
テーブルに配膳を終えると、慶介が降りて来た。
手には大きなネイビーの袋を持っている。
「クリーニング? 私が出しておくよ」
出すと言ってもマンションのコンシュルジュに依頼するだけだけれど。
「ありがとう、手間かけて悪い」
「大丈夫。私も出したいのがあったから丁度いいの」
そう言ってクリーニング用のバッグを受け取ると、慶介があっと思い出したような声を出した。
「グレーのスーツを入れ忘れてた」
「慶介君のお気に入りのスーツ? それなら分かるから出すとき入れておくよ」
付き合い始めて数日後に、それまで立ち入ったことのない二階に上がった。
二部屋あり、寝室と書斎として使用されていたが、どちらも必要最低限の家具のみの実にシンプルなインテリアだった。
慶介からは勝手に出入りしていいと言われており、時々掃除をする為に入っている。
最近ではどこに何があるのか、だいたい把握してきていた。
「そう? それじゃあ頼む」
慶介は茉友が彼の私物に触れるのを全く嫌がらない。そういった態度は特別な存在だって言われているみたいで嬉しい。
夢に見ていたようなデートはなくても、確実にふたりの関係は変化していた。
食事後、片付けを済ませた後に、リビングのソファーに並んで座りまったりと寛ぐ。
映画を見たり、お酒を飲んで会話を楽しんだり、その時々やることは違うが、とても満たされた時間だということは共通している。
今夜は茉友が明日休みなので、ゆっくりおしゃべり。
以前慶介が買ってきていた赤ワインと、生ハムとクリームチーズを乗せたクラッカーをお供に楽しむ。
「美味しい。慶介君が選ぶワインって外れがないね」
フルーティーでのど越しがいい。
「茉友の好みが分かってきたからな」
慶介がくすりと笑う。
「私の好みに合わせて選んでくれてるの?」
「もちろん」
「でもそれだと慶介君の好みじゃないんじゃない?」
彼は茉友が苦みが強くてあまり美味しいと感じない、ウイスキーやビールを平然と飲む。
きっと味覚が違うのだろう。
「嫌いじゃないし、茉友が美味しいって言いながらニコニコする顔を見るのが好きなんだよ」
「私そんなにニコニコしてる?」
「ああ。顔に美味しいって書いてある。その様子が可愛くて俺はいつもクラクラしてる」
「うそ……慶介君はいつも私を揶揄うんだから」
最近の彼は、やたらと茉友を賞賛するのだ。
可愛いとか綺麗とか料理が上手いとか。
料理が上手いは、レシピを研究したりと努力をしているので、褒められると素直に嬉しい。
しかし容姿については、あまり自信がないからか喜ぶよりも居たたまれない想いが上回ってしまう。
慶介のような人目を引くイケメンに持ち上げられるのも、なんとなく気まずい。
それなのに、彼は茉友の戸惑いなんてお構いなしに甘い言葉をこれでもかと囁いてくる。
「揶揄ってない。本心から可愛いと思ってる。可愛くて愛しい。本当はこうやってずっと腕の中に閉じこめていたいと思うよ」
恥ずかしくてかあっと頰を染めたときには、抱きしめられていた。
見た目よりも筋肉のついた逞しい腕に包まれると、どうしたってときめいてしまう。
恥ずかしい気持ちよりも、もっと抱き合っていたい想いが勝り、大胆になっていくのだ。
慶介の固い胸に身体を寄せながら呟く。
「大好き……」
好きで好きでたまらない。
このままずっとくっついて、一時だって離れたくないとすら思う。
それなのに彼はすっと身体を離してしまった。
寂しさを目で訴える。と同時に大きな手が茉友の耳に添えられた。
これはキスの前触れだから、胸がキュッと疼くのを感じながら瞼を閉じる。
彼のひんやりした唇が優しく触れた。
(慶介君……)
心の中で彼を求めながら、広い背中に腕を回す。
ふたりの初めてのキスはとても緊張したけれど、触れ合ってはすぐに離れていくのを繰り返す、今思えば可愛らしいものだった。
きっと彼は茉友に合わせて抑えてくれていたのだと思う。
その証拠に、彼がしかけるキスは日に日に濃密さを増し、息をつく暇も見つけられない程。
深くて激しくて、茉友は途中から何も考えられなくなってしまう。
慶介のなすがまま。だけどそれが幸せだと感じるのだ。
十二月後半になると、ようやく慶介の仕事が落ち着いてきた。
年末年始は裁判官も休みを取る為、裁判がないのが大きな理由だ。
毎日夜八時前には帰宅し、ふたりでゆっくり過ごしている。
ソファーの前のテーブルには、仕事帰りに買ったエクレア。慶介がコーヒーを淹れてくれた。
「茉友、砂糖はなしでいいんだよな」
「うん」
茉友はデザートを食べるときコーヒーには砂糖を入れない。そういった細かなところを慶介は覚えていた。
些細なことでも嬉しくなる。カスタードとホイップクリームの入ったエクレアも美味しいし、いいことばかり。
「慶介君、冬休みはカレンダー通りに取れるの?」
「一日だけ出るけど、あとは休み。年末年始だけど茉友は実家に帰るよな?」
「うん。帰らないとお母さんが怒って大変。それにお兄ちゃんが帰って来るから。実家に二泊しかしないみたいだけど」
「あいつ、纏まった休みを取ったって言ってたけどな」
「うん、でもいろいろ予定があるみたい。ゆっくりすればいいのにって思うけど、お兄ちゃんは動き回るのが好きだから」
(慶介君はどうするのだろう)
地元が同じなのだから、帰省するのなら一緒に帰りたい。
だけど彼は実家とは疎遠になっているから、戻らないかもしれない。
「慶介君、あの……」
「ん?」
機嫌良さそうな目を向けられ、聞くのに躊躇いを覚えた。
楽しそうにしている彼の顔を曇らせてしまいそうだから。
口ごもっていると慶介が言い出した。
「もしかして俺の予定を気にしている?」
「あ……うん」
「俺も実家に帰るよ」
あっさりと告げられ茉友は目を瞬いた。
「そうなの?」
意外だった。もう少し葛藤のようなものがあるのかと思っていたから。
(帰りたいけど、帰れない感じの)
本人もそんなことを口にしていたはず。
怪訝な顔をする茉友を見た慶介が、ふっと目元を和らげた。
「慶介君?」
「実は数日前に、実家に連絡した」
「そうなの?」
驚き目を丸くする茉友に、慶介が頷いてみせる。
「結構勇気が必要だったけどね。いつまでも逃げてる訳にはいかないと思って」
「それで、どうだったの? 仲直り出来た?」
「ああ。茉友が言ってた通り、父も後悔していたみたいだ。あまり多くは語らなかったけど、正月に帰って来いって」
「そ、そうなんだ……良かった」
喜びが生まれ段々と高揚した気持ちになる。
(良かった。慶介君は口にしなかったけど、自分の育った家に帰れなかったのは辛かったはずだもの)
その証拠に、今の慶介は明るく楽しそうな表情だ。
「慶介君良かったね。私も嬉しいよ。お正月は親孝行してきてね」
ウキウキして言う茉友に、慶介はありがとうと微笑み、口を開いた。
「実家にいる間に茉友を招待してもいいか?」
「え、招待って、私が慶介君の実家に?」
家族に紹介してくれるのだろうか。
(付き合ってるって言うのかな? うう、緊張する)
あたふたしていると彼がくすりと笑ったのが気配で分かった。
「茉友、いい?」
「あの、もちろんいいけど、今から緊張しちゃうよ」
慶介の家族と面識はないが、地元の有名企業の社長家族だ。
ようやく和解した息子の相手が平凡な茉友ではがっかりしないだろうか。
「大丈夫。俺がついてるだろ?」
そう言いながら肩を抱き寄せられる。
「うん……」
力強い腕で逞しい胸に引き寄せられると、守られているようで安心する。
そして未だ冷めないときめき。
茉友はうっとりした気持ちで目を閉じた。