書籍詳細
お見合い代役からはじまる蜜愛婚~エリート御曹司に見初められました~
あらすじ
「この唇も、指も、瞳も全部俺のもの」
身代わり同士のふたりが溺甘夫婦に!?
親友の頼みで、彼女になりすましお見合いに臨むことになった史奈。ところが当日、史奈の前に現れた紳士的なイケメン御曹司・誠也も実は代役を依頼されていて…!? そうとは知らない史奈は、彼の優しさに恋をしてしまう。それぞれ身代わりと言いだせないまま、いけないと知りつつ急速に惹かれ合うふたり。しかも彼から熱烈なプロポーズを受けてしまい…!
キャラクター紹介
如月史奈(きさらぎふみな)
駆け出しのインテリアコーディネーター。明るく前向きで、面倒見が良い性格。
久織誠也(くおりせいや)
「久織設備」社長。亮の実弟。兄とは対照的に、穏やかで人当たりが良い。
試し読み
高校二年生のとき、修学旅行で北海道を訪れた際は、新千歳空港を利用した。そこから
バスに乗って、札幌市内へ向かった記憶が残ってる。しかし、今回は旭川空港だ。
北の大地に降り立ってすぐ、さわやかな風を感じ自然と顔が綻ぶ。
「わあ。やっぱり向こうと比べて空気がさらっとしてる。気持ちいい」
「うん。気持ちがいいよね。毎年のこととはいえ、じめっとした時期は知らぬうちにスト
レスを受けてる気がして。時間があるときに限られるけど、ひとりでふらっとリフレッシ
ュしに来たりするんだ」
気持ちよさそうな顔で話す誠也さんの横顔を見て答える。
「貴重な気分転換の時間だったんじゃないんですか? なんだかすみません」
「今回はひとりじゃなくて、史奈さんと来たいと思ったんだ」
「そうなんですか? ご一緒させていただきありがとうございます」
私は彼の柔和な瞳が好きだ。その瞳に映し出されると、心臓が跳ね回る。
見ていたくてもずっとは見ていられなくて、結局視線を逸らしてしまった。
「史奈さん? 移動しても大丈夫?」
「はっ、はい!」
私たちはレンタカーで移動を始めた。
走り出して十数分。思わず感嘆の息が漏れるような景色のいい一本道に出会った。起伏
が多い道路はちょっとしたジェットコースターで、車内は大いに盛り上がる。
「史奈さんは絶叫系得意なんだ」
「あ、いえ。実は苦手で。でも今は誠也さんが速度落としてくれてましたよね? それに
絶景だから、そっちに意識が向いているおかげかも……」
遊園地の乗り物はあまり得意じゃない。特に高いところから落下するものは内臓が浮い
てぞわぞわする感覚がダメ。今走っている道も、結構なアップダウンだしスピードを出し
ていれば同等な動きになっただろう。けれど、誠也さんは無茶な運転をしないから。それ
は前に傘を返してもらったときや、今日、羽田空港まで車で移動した際にも感じていた。
私は僅かな恐怖感をも抱かずに、車窓を眺めて続けた。
「緑と青空って癒しですよね」
「確かに。うちのオフィスでリフレッシュルームに観葉植物を多めに配置しているのも、
そういう理由かな」
「きっとそうですね! 視覚効果ってすごいと思います。最近も北側の部屋のコーディネ
ートに暖色系を意識して考えてみたら、クライアントの感触もよくて」
勢い込んで話をしていたが、はっとして口を噤んだ。そして、首を窄めて横目で誠也さ
んを窺う。
「す、すみません。リフレッシュって言ってるのに仕事の話なんて野暮でした……」
本当、自分のこういうところ! 好きな話題となれば、周りを顧みずにペラペラ捲し立
てちゃって。よく友達とも温度差感じることもあって気をつけているのに、なかなか直せ
ない。
慌てて別の話題を考えていたら、誠也さんが朗らかに笑って言った。
「なんで? 気にしなくていいよ。俺はそういう史奈さんが好きなんだ」
あまりに自然に『好き』と言われてびっくりした。
いや、これはあれだ。甘い雰囲気を連想させる『好き』ではなくて、『人間的に』とか『話
の内容が』とか、そっちのほうに対する好意を示しただけ。
いくら以前『婚約してほしい』と告白され、そしてそれが本物の亜理沙じゃなくてもい
いって言ってたとしても、発言すべてを四六時中恋愛に絡めて受け取ってたら引かれるよ。
「きょ……恐縮です……」
ぐるぐる考えを巡らせてしどろもどろになった私は、気づけばぎこちない返しをしてい
た。すると、誠也さんが可笑しそうに笑い声を上げた。
「あはは。堅苦しい反応だなあ。もっと対等にしてほしいんだけどな」
「対等はちょっと……急には」
誠也さんは、初めて私を抱きしめてくれたあの夜以来、最初の顔合わせのときとは違う
親しみやすい態度に変わっていた。
基本的な振る舞いは変わらず紳士。だけど、ちょっと砕けた口調と素の表情を見せる。
元々作りすぎていない印象ではある。しかし、素性を明かし気持ちを確かめ合った後は、
いっそう飾らない雰囲気に私はますます好感を持った。彼の些細な表情や動きに夢中にさ
せられる。
ただ、私が彼と同じように接するって、そう簡単には変えられなくて。年齢差もあるし、
誠也さんに至っては名前こそ〝久織亮〟ではなかったものの、大手ゼネコン社の御曹司で
ある事実は違わないわけで……。やっぱりそういう部分が引っ掛かってるのが正直なとこ
ろだ。
困って苦笑していると、ふいに膝の上に置いていた片方の手を掬い取られた。触れられ
た瞬間、胸が早鐘を打ち始め、まるで指先さえ脈打つような錯覚に陥った。
私の動揺など知らない彼は、今度は指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎ。
全神経が右手に集中し始めたとき、彼が艶のある低音でつぶやいた。
「俺は距離を縮めたくて仕方ないのに」
彼の親指がするっと私の指を撫でた。私は一気に体温が上昇するのを感じ、硬直する。
きっと今、真っ赤な顔になってるに違いない。
「ああ、今ほど信号があればいいのにって思ったことない」
「え? し、信号?」
話の脈絡がつかめず、おどおどと尋ねた。
この辺りは信号もほぼなく、長閑な景観の道が続いている。都会では信号ばかりで神経
も使うだろうから、ここは開放的なドライブができてリラックスできそうなものなのに。
敢えて信号……って?
彼は口角を上げて答える。
「運転中だと史奈さんの可愛い反応が見られないから」
彼のとどめのひとことで、私の熱がさらに急上昇したのは言うまでもない。数分前まで、
自然の景色にゆったりとした気分でいられたのが嘘みたい。
私の心臓は、ジェットコースターに乗ったとき以上にドキドキしていた。
一時間も経たずに、車は目的地の有名なガーデンに到着した。
「富良野ってラベンダーが有名でしたよね!」
私は、うきうきとした気分で車から降りる。
「そうなんだけど……ちょっと今は時期が早くて。でも、ほかの花も綺麗だよ。前来たと
きに、今頃は確か芝桜が咲いてるって聞いたから」
「へえ。結構頻繁に来てるんですね?」
「あっ。聞いた相手はここの経営者の男の人で。その日も俺はひとりで来てて……」
急に狼狽える誠也さんの姿にきょとんとし、思わず吹き出してしまった。
「もしかして、私が別の女性の存在を疑ったりしてると思ってます?」
別にそんな気があって返した言葉ではなかったのに。誠也さんでも慌てるんだと思うと、
意外になった。
「あー……逆に不自然だったよね。ごめん。ただ、史奈さんに思い違いをしてほしくない
一心で」
誠也さんは眼鏡のブリッジを押し上げながら必死に弁明をする。
私が不安になったり傷ついたのではないか、と慌てふためく彼に心が温かくなった。
「私は誠也さんのこと、誠実な方と思っていますから。そういう心配はしてません」
なんて。正直言って、今日まで目まぐるしかったのもあって、誠也さんに昔恋人がいた
とか想像もしなかった。
駐車場に着いたのにもかかわらず、動かない誠也さんをふと見る。彼は浮かない表情で
いたから、不思議に思って声を掛けた。
「誠也さん? どうかしましたか?」
すると、誠也さんはちらりとこちらを見てぽつりと零す。
「不安にさせたくない反面、嫉妬してほしいって少し思ってる自分がいる」
「え……」
「まあ、嫉妬してもらえるくらい好きになってもらうのは、今後の俺の頑張り次第かな?」
彼はニッと笑って車を降りた。私も続いて降りると誠也さんが私の前に立ち、私の手を
取って繋ぐ。私はどぎまぎしながらも、ひそかに彼の手を握り返した。
駐車場を出て歩くとすぐに、広大な土地を埋め尽くす花々が見えてくる。
「うわあ! さっき駐車場に入る前にも思いましたけど、ものすごく広いですね!」
「国内最大級だって。圧巻だよね」
誠也さんの話していた通り、時期ではないため満開ではない花畑も多くある。しかし、
数十メートル先に赤や黄、白色が集まっている畑を見つけ、私たちはそこに向かって歩み
を進めた。
途中、土産物を扱っている舎の奥に、視界いっぱいに広がるピンク色に気がついた。私
は思わず足をそちらに向ける。
「一面に花……。絨毯みたい。すごい綺麗……」
テレビや雑誌で何気なく見ていたかもしれない景色。それでも、実際に目の当たりにす
るとこんなにも目を奪われる。
「芝桜だね」
「繊細なデザインのインテリアや、質にこだわった寝具やラグ……カーテンとか、いろい
ろ見ては『綺麗』って思いますが……自然には敵いませんね」
初夏の陽射しの中、春の名残を感じられる色合いに心が洗われる。
私が時間も忘れて見惚れていたら、誠也さんが言った。
「実は今日のプランをずっと考えていて、史奈さんが好きそうな建築物や美術館なんかも
どうかなって考えた。だけど、自然に触れるのもいいんじゃないかって思って」
私はようやく目線を変え、誠也さんを見上げた。
「いろいろと考えてくださってたんですね。うれしいです。ありがとうございます」
「史奈さんの喜ぶ顔が見たかったんだ」
屈託ない笑顔で言われ、なんだかこそばゆい。
私はついまた足元に広がる芝桜に視線を戻した。
「こういう明るい雰囲気の庭があったら、毎日元気になれそうですね! インテリアもい
いけど、ガーデニングも個性や彩りを演出できる部分ですよね」
「はは。史奈さんはなんでも仕事に繋げて考えるね」
今のは、半分は照れる気持ちを隠すのに出した話題だったけど、確かにこういうときで
さえ私は仕事の話をしちゃってるかもしれない。
女子力のなさに少々落ち込む。が、次の瞬間、しょげた気持ちも一気に吹き飛んだ。
「さっきも伝えたよ。謝る必要はないし、俺は本当にあなたのそういうところがいいと思
ってる」
まっすぐ見つめて言われると、心臓がお祭り状態になって息すら忘れそう。
「自然が一番いい。人も街も。都市開発や道路、工場、医療施設……どれも暮らしを豊か
にするもの。しかし同時に失われていくものがあるだろう?」
「……緑?」
私がつぶやくと、彼は静かに微笑んだ。
「久織グループに入社してすぐ考えてた。自然の恩恵を受けて終わりでなく、返すべきだ
と」
食い入るように彼を見つめていたら、ぱちっと視線がぶつかった。
「ごめん。俺もつい熱く語ってしまった」
「わっ、私も。誠也さんの仕事のお話を聞くの好きですから!」
「そうなの?」
「はい。どんな大きな仕事でもきちんと、ひとりひとりを思って向き合ってるんだなあ、
とか。そういえば、この間も建設現場近くで親子が……」
私は彼に先日見た光景を伝えた。
「そんなことがあったんだ。じゃあ俺は、これからも楽しみにしてくれている思いひとつ
ひとつを、いつも忘れず大事にしていかないとね」
彼と再び目が合えば、たちまち頬が上気する。
だって、あまりにも柔和な面持ちでこっちをジッと見ているんだもの。
「そろそろ向こうにも行ってみる? あっちはポピーだったはずだ」
戸惑う私をよそに彼はやさしく私の手を引き、その後も富良野の自然を満喫した。